タワーマンションの購入による相続税対策をめぐって、相続人と国税との間で争われていた裁判で、1審・2審と国税が勝訴していた案件につき、令和4年4月19日に最高裁で判決が言い渡されました。
最高裁で弁論が開かれた事から、1審・2審の判決が覆るのではないかと期待した投資家も多かったようですが、国税の勝訴が確定する結果となりました。
今回の事案は、北海道に住む90代の男性(不動産会社社長)が相続税対策としてタワーマンションを購入し、男性の相続人がマンションを路線価等で評価して相続税の申告をしたところ、税務署から3億円ほどの追徴課税を言い渡されたため、相続人が処分の取り消しを求めて提訴したという内容です。
【相続対策で購入されたマンション】
不動産価格 | 物件A(東京都内) | 物件B(神奈川県内) |
---|---|---|
購入額 | 8億3700万円 | 5億5000万円 |
路線価等 | 2億円 | 1億3000万円 |
鑑定評価 | 7億5400万円 | 5億1900万円 |
相続税の納税額は、基本的には相続財産の評価に応じて決まります。すなわち、相続財産の評価が高いと納税額が多くなり、評価が低ければ納税額も少なく済むのです。
相続財産の評価については、相続税法22条で相続財産は相続開始時の「時価」で評価すると定められています。
相続税法第二十二条(評価の原則) この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。 |
相続財産を評価する際には、この「時価」をどうやって決めるかという点がポイントになります。
この点、現金や預金であれば「時価」は簡単にわかります。現金であれば数えれば良いだけですし、預金であれば銀行から残高証明を取り寄せれば済む話しです。しかし、不動産の場合は「時価」の評価が難しいと言えます。不動産鑑定士に鑑定を依頼したとしても、鑑定する人によって個人差が生じてしまいます。
そのため、不動産のような評価が難しい相続財産の評価については、評価基準が定められています。具体的には、国税庁が「財産評価基本通達」に定めているのです。この通達では、土地は路線価、建物は固定資産税評価額が評価基準として定められています。路線価等を元に計算すれば、誰が計算しても同じ評価額となるので、この評価基準は明確でわかりやすいと言えます。
本件の相続人は、路線価等を基準に計算して相続税の申告をしています。そうだとすれば、何も問題は無さそうですが、本件では路線価等を利用した節税対策が行われており、これを税務署が問題視して追徴課税を言い渡したのです。
上の表をご覧になっていただければわかりますが、本件では路線価と実勢価格との乖離がとても大きいと言えます。一般には路線価は実勢価格の8割程度と言われていますが、これは都市部では必ずしもあてはまりません。都市部では土地の価格が高いため、路線価をもっと低く設定しないと、相続税を払えずに自宅を失い困る人が増えてしまうからです。
本件では、このような路線価と実勢価格との乖離を利用した相続税対策が行われていました。すなわち、お金をそのまま持っているよりも、そのお金で本件のような不動産を買う方が、相続財産の評価を大きく圧縮できるのです。さらに、不動産購入時にローンを併せて利用すれば、ローンの分を相続財産から差し引けるため、相続財産の評価をさらに圧縮できることになります。
本件の90代の男性は、購入時に10億円を超える借入をして不動産を買っていました。そして、男性の相続人は、路線価等を基準にマンションを評価し、購入時の借入も考慮すると、相続財産は基礎控除内に収まるとして、相続税額を0円で申告しました。
ところが、これには税務署からの「待った」がかかりました。税務署は、鑑定評価額を基準にマンションを評価すべきとして、相続人に対して約3億円の追徴課税を言い渡したのです。
税務署が追徴課税を言い渡す根拠となったのが、通達の「総則6項」の規定です。この規定は、通達に定められた評価基準の例外規定となります。すなわち、総則6項には、通達で定めた基準(路線価等)で評価する事が不適当な場合には、国税側で評価を決められると定められています。この総則6項は、税務署の「伝家の宝刀」とも言われていて、行き過ぎた節税対策に「待った」をかける際に使われることがあります。しかし、基準が曖昧で不明確なので、税務署の匙加減で決まるという問題があります。
本件のような訴訟は過去にも何度か起こされていて、全て国税側が勝訴する結果となっています。
本件のような、路線価と実勢価格との乖離を利用した節税対策は特段珍しい手法ではなく、一般に広く行われています。その全てがダメという訳では無いと思いますが、本件は「やり過ぎてしまった」ためこのような結果になったと考えられます。ある税理士によると、遺産が5億を超えると税務署の中でも特別の部署が担当する事になり、本件のようなリスクが高まるとのことでした。
しかし、このような不明確な基準での追徴課税が認められると、税務署の匙加減が認められる事になりますので、問題があると言わざるを得ません。
憲法には、租税法律主義の考えのもとに以下の条文が定められています。
憲法第八十四条 あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。 |
租税法律主義とは、税金を課す場合には議会が制定する法律による必要があるとの考え方の事で、イギリスが起源だと言われています。近代以前の王政国家などでは、課税は支配者の匙加減に委ねられており、支配者による好き勝手な課税が国民を苦しめたという歴史がありました。このような愚かな歴史を繰り返さないように、税金を課すには国民の代表である議会が作る法律が必要だとの考え方が生まれたのです。そして、日本国憲法でもこの考え方が採用され、憲法84条に規定されたのです。
この憲法84条の趣旨からすると、相続税における財産の評価基準は、本来であれば法律で定めるべきだと思います。現状では、評価基準は通達で定められていますが、通達は議会を通過した法律ではありません。通達は、行政の間での「上から下への指示」に過ぎないからです。すなわち、国税庁の「財産評価基準通達」は、国税庁長官から各税務署に対しての「財産の評価はこの基準に従ってやりなさい」という指示に過ぎないのです。
仮に、財産の評価基準について通達など法律以外のもので定めると言うのであれば、その内容はもっと明確にすべきだと思います。そうしないと、税務署の匙加減が認められる事になってしまうので、国民は安心して取引を行えなくなってしまいます。
確かに、本件の節税対策については「やり過ぎだ」という意見も多く、それも一理あるとは思います。しかし、「どこまでならOKで、どこからがやり過ぎなのか」という基準が明確に示されていないと、今後も同じような問題は沢山出てくると思いますし、不動産取引に対する萎縮効果も生じてしまいます。
したがって、法律などで明確な財産評価基準が作られる事を筆者は望んでおります。